高倉海鈴は市役所の入り口近くの大木に寄りかかり、出入りする人々を物色していた。
彼女はその中から結婚相手を見つけなければならなかった。
高倉のお父さんの思惑通り、結婚を通じて高倉家の株式を支配しようとしているが、そんなことを許すわけにはいかない。
……
少し離れたところで、藤原徹は車のボンネットに寄りかかり、時折腕時計を見ていた。端正な顔に表情は見られないものの、今の彼の機嫌が良くないことは明らかだった。
運転手は脇で汗を拭いながら言った。「少々、先ほど連絡が入りまして、村上家が村上さんを必死に探しているそうです。もう少々お待ちいただく必要があるかと…」
「すでに二十分待っている」
藤原徹は腕時計を整えながら、感情の読めない淡々とした口調で言った。「村上家に伝えろ。もう探す必要はない。結婚式は中止だ」
彼には強制的に何かを押し付ける趣味はなかった。村上さんが結婚を望まないのなら、無理に結婚する必要もない。
運転手は躊躇いながら「しかし、会長は…」
会長は藤原徹の結婚を首を長くして待っていた。今回の縁談は決まったも同然だと思っていたのに、まさか村上さんが逃げ出すとは。
「すみません、突然お邪魔しますが、約束していた結婚相手が逃げたんですか？」
高倉海鈴は彼らをしばらく観察してから、試しに声をかけることにした。藤原徹に微笑みかけながら「私も婚約者がいなくなってしまったところで、私たち二人とも独り者なので、一緒に結婚してみませんか？」
藤原徹は声に反応して顔を上げた。
目の前の女性はリュックを背負い、大きめのパーカーの下から伸びる脚は真っ直ぐで長く、黒髪を後ろで無造作に束ね、整った顔立ちに白い肌、人目を引く存在だった。
「へぇ？」
藤原徹は話そうとする運転手を手で制し、面白そうな口調で「知らない人と、なぜ結婚する必要があるんだ？」
高倉海鈴は鼻先を触りながら「私と結婚すれば高倉グループの株式65パーセントが手に入りますが、それでどうですか？」
藤原徹は眉を上げた。
高倉海鈴は傍らの運転手を指さして言った。「さっきあなたと彼の会話を聞いていて、家族から結婚を迫られているのを知りました。私と結婚すれば、家族への言い訳になるだけでなく、高倉グループの株式65パーセントも手に入る。一石二鳥じゃないですか」
もしかしたら藤原徹が信じないかもしれないと思い、高倉海鈴は株式譲渡書類を見せた。
「高倉グループ…」
藤原徹は頭の中である名前を思い出した。「君が高倉海鈴か？」
高倉海鈴は驚いた。「私のことを知っているんですか？」
藤原徹は首を振った。彼は高倉海鈴を知らなかったが、周りの人間の噂話は聞いていた。田舎から引き取られた令嬢は病弱で、常に薬を手放せず、お嬢様という立場を利用して10人もの使用人に世話をさせているとか、頭が悪くて俗物だとか。
しかし、今目の前にいる人を見る限り、噂を全て信じるわけにはいかないようだ。
実は藤原徹が来る前に、高倉海鈴は何人かに声をかけていた。しかし、話を聞いた人々は彼女を狂人扱いし、中には詐欺だと警察に通報しようとした人もいた。
おそらく断られ慣れていたのだろう。高倉海鈴は返事を待っても何も言われないので、他の人を探そうと思った。
しかし一歩も動けないうちに、腕を掴まれた。
「どこへ行く？」
「あなたが承諾してくれないなら、他の人を探してみようかと」
藤原徹は笑みを浮かべた。「他は探さなくていい。君と結婚しよう」
運転手が驚きのあまり顎が外れそうな表情を見せる中、藤原徹は市役所に向かって歩き出した。「身分証明書と戸籍謄本は持っているか？」
高倉海鈴は反応して藤原徹の後を追いながら「持ってます」
少し間を置いて、付け加えた。「ありがとうございます。安心してください。婚姻届を出した後すぐに株式譲渡の手続きをします。損はさせません」
藤原徹は笑うだけで何も言わなかった。
20分ほど後、高倉海鈴と藤原徹は市役所を出てきた。二人の手には真新しい婚姻届受理証明書があった。
運転手の表情は完全に崩壊していた。
「どこへ行く？運転手に送らせよう」
藤原徹は、自分の一歩後ろでずっと携帯を見ている高倉海鈴に尋ねた。
高倉海鈴は顔も上げずに「あなたの家に」
彼女は元々今日、藤原涼介と入籍した後に彼の家に行くつもりだったので、高倉家にある荷物は全て片付けていた。
結婚相手は変わったけれど、予定は変わっていない。
藤原徹は眉を上げた。彼の家に？
手の中の婚姻届受理証明書を見て、まあ、おかしくはないか。
運転手は運転席まで足取りがふらついていた。彼はまだ、少主が見知らぬ女性と結婚したという事実を受け入れられないでいた！
高倉海鈴は運転手の様子に気づき、藤原徹に目で尋ねた。「この運転手、大丈夫ですか？」
結婚したばかりで事故に遭いたくはない。
藤原徹は軽く咳払いをして、運転手に安全運転するよう注意を促した。
高倉海鈴は身の安全を確認すると、再び携帯に注意を向けた。
車内は静かだった。
高倉海鈴の携帯が鳴るまで。
「何？」
高倉海鈴の声は冷たかった。
「その態度は何だ？私はお前の父親だぞ！」
向こうからかすかに人の声が聞こえてきた。田舎者は所詮田舎者、躾がなっていないとか何とか…