久我月は面倒くさそうに瞼を上げ、中村少華を一瞥した。「あれはあなたの嫌な弟じゃない?」
「彼なんか見てどうするの。私があなたを呼んだのは、一橋貴明を見てもらうためよ」中村楽は中村少華から視線を外し、艶のある笑みを浮かべた。
久しぶりに見る弟も色男に成長し、松本旻というプレイボーイの影響で、どれだけの女の子を手玉に取ったか分からない。
久我月は彼女の言葉の中の一橋貴明を無視して尋ねた。「なぜ日本に戻ってきたの?」
「ピアノコンクールがあって、ピアノ協会から審査員として呼ばれたの」中村楽は無関心そうに笑って、そういった事にはあまり興味がないようだった。
ただ久我月が東京に戻ってきたのを知って、遊びに来ただけ。そうしないと退屈だから。
彼女と一橋貴明を引き合わせれば、来年には可愛い姪っ子ができるかもしれない。
そのとき、司会者の声が響いた。「では、本日のオークション最後の商品、真龍の寶玉の競りに移ります」
久我月は顔を上げてその古い玉を見つめ、冷たい瞳を細めた。
国内屈指の鑑定士として、一目でその古い玉が並の品ではないことが分かった。表面には玲瓏たる輝きが漂い、上質な品だった。
しかし、近くで触れてみないと、久我月にもそれが一体何なのか分からなかった。
オークションの司会者が声を上げた。「真龍の寶玉は本日のオークション最後の商品です。開始価格は200万円です!」
彼の言葉が終わるや否や、大勢の人が値段を叫び始めた。
「249万円!」
「280万円!」
「350万円!」
「1000万円!」
2階の特別席から冷たい男性の声が響いた。久我月が目を上げると、一橋貴明が煙草を指に挟んでくつろいだ姿勢で座っているのが見えた。
先ほどの1000万円は、一橋貴明が叫んだものだった。
1000万円という値段が出た途端、会場の人々は黙り込んでしまった。
この古い玉は確かに美しい輝きを放ち、神秘的な伝説も持っているが、結局は無生物で、誰も本当の価値を知らない。
1000万円という値段は、確かに高額すぎた!
「1000万円、1回目。1000万円、2回目。1000万円、3…」
司会者が落札しようとした時、極めて慵懒な声が漂ってきた。
「2000万円!」
中村楽は久我月のためにパドルを上げ、2階を挑発するように見上げた。
「3000万円!」一橋貴明も負けじと声を上げた。
中村楽は続けて「4000万円!」
「5000万円!」
一橋貴明はまだのんびりと、まるで必ず手に入れられるかのようだった。
久我月は少し眉をひそめたが、何も言わなかった。中村楽は続けて叫んだ。「6000万円!」
「7000万円!」
一橋貴明は煙草を一服吸い、深い瞳を細めた。
松本旻と中村少華は目を合わせ、後者が1階を見やると、中村楽がパドルを上げているのが見えた。男は微かに眉をひそめた。
「ただの古い玉じゃないか、彼女はあの玉で何をするつもりだ?」
中村少華は信じられない様子で、この玉は一橋貴明にとっては命を救うものかもしれないが、一般人にとってはただの骨董品に過ぎない。
あの美女は一体何者なんだ、一橋七男様のような恐ろしい男に逆らえるなんて?
どう見ても、あの美女にどこか見覚えがある。中村楽に声をかけようとした時、彼女がまた叫んだ。「7500万円!」
先ほどまで1000万円単位で上がっていたのが、今は500万円になった。おそらく、財布が空っぽになりそうなんだろう!
中村少華は考えを切り上げ、低く笑って席に戻った。「あの娘はきっと銀子が尽きたな。この古い玉は七男の若様のものだ」
一橋貴明は艶のある鳳眸を細め、低く深い磁性のある声で言った。「1億円!」
中村楽は確かにそれほどの金を持っていなかった。2階の某氏を睨みつけ、久我月を見下ろして小声で尋ねた。
「月瑠、あなたの財布にはいくら残ってる?」
久我月はWeChatの残高を見て、顔を曇らせた。「お金がない」
彼女は何気なくスマートフォンの画面を消し、中村楽を見た。「まさか、あなたの数億も使い果たしたの?」
「…私が貯金できる人に見える?」
中村楽は口角を引きつらせ、諦めたように言った。「かき集めても5000万円しかないわ。あなたに数億あると思ってたから、こんな高値を付けたのに!」
一橋七男若様はもちろん金に困ることはないが、彼女がこんな高値を付けておいて突然黙ってしまったら、とても恥ずかしいじゃないか。
それに、女は男の前で面子を失うわけにはいかない。
この玉が本物かどうかはさておき、この玉を手に入れられないということは、玉木の病状に進展がないということで、久我月を怒らせる可能性が高い。
大物が怒ると、結果は深刻だ!
「2億円!」
久我月はゆっくりと声を上げた。
中村楽は目を見開き、久我月の2億円という言葉に驚いた。「月瑠、どうしたの?お金がないって言ったじゃない?」
「一橋貴明は彼の祖母のために、必ずこの玉を手に入れようとするわ。彼にお金があるなら、好きなだけ使わせてあげましょう」久我月は笑った。
中村楽の瞳が輝き、何か言おうとしたが、何かを思い出したのか、口まで出かかった言葉を飲み込んだ。
この二人の間に何かが起こりそうな予感!
松本旻は立ち上がって1階を見下ろした。「中村少華、彼女たちはお金がないって言ったじゃないか、どうして急に2億円なんて言い出したんだ?」
「分からないよ、隠れた大物なのかな?」
中村少華は眉をひそめ、視線を中村楽に固定したまま。久我月が叫んだことは分かっていたが、それでも中村楽から目を離せなかった。
彼は中村楽を指差して、松本旻に尋ねた。「松本旻、この女性を見たことないか?どこかで見た気がするんだが」
「夢の中で会ったんじゃないの?」
松本旻は中村楽を一瞥し、この女性のスタイルは本当に素晴らしいと思い、意地悪く目を細めた。「言えよ、女が恋しくなったんだろ?」
「うるさい!女のことしか知らないのか?」
中村少華は松本旻の頭を平手打ちし、こめかみを突っ張らせて怒った。
この遊び人の口から出る三つの言葉のうち、二つは女に関することだと分かっていた。
中村少華は一橋貴明の隣に座り、酒を一口飲んで、まだ未練がましく中村楽を見つめながら、むっつりと言った。「この女性、姉さんに似てるな…」
司会者が叫んだ。「2億円、1回目。2億円…」
「5億円!」
一橋貴明の声が冷たくなった。
一体どこの命知らずが、彼から物を奪おうとしているのか?
中村楽はすぐに尋ねた。「まだ続ける?」
「8億円」
久我月は冷笑し、白い指がスマートフォンの画面を叩き、画面を消してから脇に投げ捨てた。
「一橋貴明に少し血を流させないと、私は久我月じゃない!」
「20億円!」
一橋貴明は凶暴に目を細め、隣の松本旻と中村少華は急いで首を縮め、尻を横にずらした。
分かった、七男の若様の機嫌が非常に悪い!
これまで誰も、七男の若様にこんな風に逆らったことはなかった。
中村楽はこの20億円に舌を打ち、久我月の言葉を聞いて大きく目を回した。「血を流したって何になるの?お金はあなたのものにならないでしょ!」
「そうじゃないって、どうして分かるの?」
久我月は目を伏せがちにした。
たった今、この古い玉の背後の売り主を調べたところ、なんと彼女の大師姉が出品したものだった。
そして大師姉の背後にある古霊坊には、彼女も大株主として名を連ねている。20億円が全て彼女の懐に入らなくても、かなりの配当を受け取れるはずだ。