病院に入ったばかりのとき、遠くから喬栩が白衣を着た別の男性医師と並んで歩いてくるのが見えた。二人は笑顔で会話を楽しんでおり、彼に対する時の冷たさは全くなかった。
数日会っていなかったが、彼の方はめちゃくちゃな状態だったのに、彼女は想像以上に快適に過ごしていたようだった。陸墨擎の心の中に、密かな不均衡感が生まれた。
彼女の笑顔を見ていると、その凛とした中にも抗しがたい優しさがあった。しかし、その優しさは別の人に向けられていた。
陸墨擎は今、まるで妻の不倫を目撃した夫のような気分だった。目の前の光景を静かに見つめながら、目の奥で何かを必死に押し殺していた。
「喬先生、8号室の患者さんが、どこからか手術用メスを手に入れて、病室で手首を切って自殺しようとしています」
若い研修医が慌てて喬栩の前に駆け寄り、二人の会話を遮った。
研修医と比べて、喬栩の表情には少しも動揺がなかった。談笑していた様子は、まるで手首を切って自殺しようとした患者を気にも留めていないかのようだった。
「メスはどこ?」
「……」
研修医は数秒間呆然とし、喬栩を見つめて固まった。
喬先生の注目点がおかしいのでは?すぐに救助に行くべきじゃないのか、なぜメスの場所を聞くのだろう?
「家族に取り上げられました」
「ああ、わかった。後で行くよ」
「喬先生……」
患者が自殺しようとしているのに、なぜ待つのだろう。
研修医には喬先生の意図が全く理解できなかった。なぜ少しも焦っていないのだろう。
喬栩は明らかに研修医の目の中の驚きを読み取り、軽く笑いながら彼の肩を叩いて言った。
「慌てないで。手首を切っただけじゃ死なないよ。少し痛い思いをさせて反省させるのさ。沈いしゃと話があるから、話が終わったら行くよ」
喬栩のあまりにも冷静な態度に、研修医は呆然とした表情を浮かべた。こんなことがあり得るのか?
研修医だけでなく、陸墨擎さえも、喬栩が自殺しようとしている患者に対してこれほど冷血になれるとは思わなかった。
この沈という名字の男との会話が、命を救うことよりも重要なのだろうか?
あの日聞いた電話の中の男、喬栩を両親に会わせたいと言っていた男、もしかしてこの男なのか?
喬栩の子供の父親?