墨霆はもう話さず、視線を前方に戻した。一方、唐寧は彼の右耳の耳たぶにある黒ダイヤモンドのようなほくろに目を向けた。それは生まれつきのイヤリングのようで、彼に邪悪で危険な雰囲気を添えていた。
「そんな風に見つめるということは、キスを求めているのか？抱きしめて欲しいのか？それとも……」
唐寧は緊張を抑えつつ、自ら手を伸ばして墨霆の腕を抱き、彼の熱い視線を避けた。「新居に行く前に、別の場所に連れて行ってもらえませんか？」
「行った後、今夜は昨夜の未完の事を続けられるのかな？ん？」
墨霆は軽薄に尋ねたが、唐寧は隠しきれない緊張を見せた。昨夜のような勇気を出せるかどうか分からなかったからだ。墨霆は強要せず、何も言わずに彼女に腕を抱かせたまま、夜の闇の中で口角を密かに上げた。
二人は墨霆の家には戻らず、唐寧の要望に応じてセイキョウの有名なサクラバヤシに向かった。そこは彼女と韓宇凡がよくデートをしていた場所だった。しかし今日、彼女は韓宇凡を心から完全に取り除こうとしていた。そのため、最後に電話に出て、低い声で言った。「サクラバヤシにいるわ。私たちがいつも待ち合わせていた場所よ。もし私に会いたいなら、いつもの場所で……必ず来てね。」
「わかった、すぐに行く。」韓宇凡はすぐに同意した。墨雨柔と関係を持っていても、唐寧を手放すつもりは全くなかった。唐寧よりも騙しやすい女性をどこで見つけられるだろうか？ずっと彼に尽くし、家柄もあり、気性も良い。
唐寧は電話を切り、向かいに座る墨霆を見上げ、誠実だが詰まった声で言った。「これが最後よ。私事で彼に電話するのは。これからは……もう二度とないわ。」
墨霆は眉を上げ、何も言わずに、ただ隣の席を軽くたたいて、唐寧に近くに来るよう示した。所有欲を示すかのように。
唐寧は言われるままに近づき、二人で一緒にレストランの透明なガラス越しに下を見た。しばらくすると、焦った姿が桜の木の下に現れた。
韓宇凡が来たのだ！
かつて、何度も彼女は韓宇凡がいる今のその場所に立ち、一日中待ち続けたことがあった。十回のうち五回は約束を破られた。今思えば、彼女が真心を込めて尽くしたのに、そんなにも軽く扱われていたなんて。だから……
