高野司は続けて言った。「奥様、それにフランスのファッションショーにもご招待が来ていますし、先週の1億円のデザイン案もまだ催促が来ているんです。時間を見つけて描いていただけませんか。」
「確かにとてもお忙しくて、毎日の休憩時間も足りないのですが、京都一の富豪の婚礼衣装ですので、できるだけ早めにお願いします。」
八尾夢子の顔から笑顔が一瞬で消えた。
高野広は呆然としていた。いつから兄がこんなに話せるようになったのだろう?
兄が口を開いたからには、高野広も負けじと言った。「兄さん、何を言ってるんですか。奥様がデザインしなくてもいいじゃないですか。毎日たくさんの人が衣装のデザインを依頼してきますが、全部引き受けるわけにはいきません。それに社長がいるんですから、奥様が何もしなくても、誰も何も言えないでしょう?」
八尾夢子は口角を引きつらせ、極度に居心地が悪そうだった。
高野兄弟がこうして掛け合いをしているのは、彼女が高倉海鈴を当てこすっているのを見抜いたのだろうか?
高野広は不機嫌そうに言った。「うちの奥様は山内正なんですよ。誰でも依頼できる方じゃありません。デザインを依頼したい人が京都まで列を作っているんです。兄さん、奥様にデザイン案を急かすのはやめましょうよ。」
八尾夢子は体を震わせ、驚きの表情を浮かべた。
高倉海鈴が山内正?
彼女が国際的な有名デザイナーの山内正だったの?
八尾夢子は長年海外にいて国内のニュースを追っていなかったため、高倉海鈴が山内正だということを知らなかった。
彼女は唇を噛みしめた。山内正の正体は常に謎に包まれていた。高倉海鈴が本当の山内正かどうかはまだわからない。もしかしたら藤原奥様の身分に見合うように、適当な嘘をついているだけかもしれない。
八尾夢子は喜びを装って言った。「海鈴が山内正なの?私、ずっと山内正のことを尊敬していたわ。やっぱり徹の好きな人だけあって、とても優秀な方なのね。」
高倉海鈴は淡々と口を開いた。「八尾さんのおっしゃる通りですね。」
「私は余裕があります。私がデザインする一着の衣装は価値が高く、お金が使い切れないほどあります。だから無理して毎日衣装をデザインする必要はありません。お金は私にとって単なる数字に過ぎません。」