栗本放治は十代の頃、その目標まであと一歩のところまで来ていた。
一橋貴明は当時のデルタ研究所が栗本放治に招待状を出したが、断られたことを覚えていた。
栗本放治は日本に忠誠を誓い、国立研究開発法人をデルタ研究所を超える存在にすることを誓った。
しかしその後、栗本放治はこの奇病にかかってしまった。
国は優秀な科学者を失い、全国の名医に栗本放治の治療を命じたが、結果は想像通りだった。
一橋貴明の別荘に着いた後、久我月は夕食を食べてから帰るつもりだった。
結局、甥がこんなに孝行なのに、夕食を共にしないのは申し訳ないと思ったからだ。
久我月が車から降りると、甥の表情があまり良くないことに気づいた。少し不気味な感じさえした。
ネット恋愛する前なら、久我月はストレートな女性で、きっとそれを無視していただろう。
でも今は——
「お...貴明」
久我月は後ろから、小声で一橋貴明を呼んだ。
一橋貴明が振り向いたのを見て、久我月は近寄っていった。
そして、カバンから白兎ミルクキャンディーを数個取り出し、名残惜しそうに一橋貴明の手のひらに置いて尋ねた。「どうして怒ってるの?」
さっきまで不機嫌だった甥の顔から冷たい表情が消え、雲が晴れて月が出たように、優しく愛おしげな笑顔に変わった。
白兎ミルクキャンディーにはまだ少し温もりが残っていて、一橋貴明はそれを月瑠の体温だと思い込み、キャンディーを握りしめながら月瑠の手を握っているような錯覚に陥った。
一橋貴明は久我月を見下ろし、長く引き伸ばすような声で言った。「月瑠は僕が怒っているのが分かったの?僕が怒るのを見たくないの?」
その艶やかな瞳にそんな風に見つめられ、久我月は少し居心地が悪くなり、なぜか空気が妙に色めいてきたように感じた。
彼女は思わず後ずさりしようとしたが、一橋貴明が突然手を伸ばし、彼女の柳のような細い腰を抱き寄せた。
「死にたいの!?」
久我月の目に動揺の色が走った。ネット恋愛の相手とはいえ、現実でも知り合いなのだ。
これまでの人生で、久我月は男性とこんな風に人前で抱き合ったりしたことなど一度もなかった。これは良くない。
抱き合うにしても、こんな場所ではないでしょう?