そのとき、伊藤おばさんはちょうどお茶を持って書斎に向かおうとしていて、鈴木静海と中村楽が玄関に立っているのを見かけました。中村楽は鈴木静海の服を着ていて、彼女は何かを察したようでした。
「申し訳ありません、楽さん。今朝小雨が降って、テラスから窓が開いているのを見たので、閉めに行ったんです。窓際の物干し台に掛かっていた服が濡れていたので、洗濯してしまいました。まさか…」
伊藤おばさんは不安そうに中村楽を見つめました。
鈴木静海は頷いて、当然伊藤おばさんを責めることはなく、昔の恋人同士のように中村楽の肩を抱き寄せて言いました。「部屋に戻ろう」
中村楽は鈴木静海に主寝室へ連れて行かれ、こうして抱かれていると心が落ち着きました。
しかし先ほどの出来事を思い出すと、額が熱くなり、恥ずかしそうにつぶやきました。
「どうして朝、みんなが来るって教えてくれなかったの?」
鈴木静海は唇に深い笑みを浮かべ、愛おしそうに彼女の髪を撫でながら、優しく笑って言いました。「大丈夫、誰も見てなかったよ」
「目が見えない訳じゃないでしょ」
中村楽は不満そうにつぶやき、先ほどの光景が頭から離れず、自分の態度があまりにも情けなかったと思いました。
鈴木静海の目元に笑みが広がり、彼女を見る目がより一層優しく愛おしげになり、彼女の言葉に同意しました。「そう、彼らは目が見えないんだ」
相変わらず強引で支配的な彼の態度に、中村楽は何年も前のことを思い出しました。
そうです。
彼女は彼のこういうところが好きでした。いつも情熱的で、颯爽としていて、意気揚々としている姿が。
鈴木静海は彼女の頭を撫でながら、いつもの優しい声で言いました。「もう少し休んでいて。僕は少し用事があるから、なるべく早く終わらせて送っていくよ」
「じゃあ充電器を持ってきて。携帯の電源が切れちゃった」中村楽はもうそれほど気まずさを感じなくなっていて、二人の関係は何年も前のように自然でした。
彼女は本来、彼との距離を保とうとしていましたが、鈴木静海に会うと、自分の意志の力が全く効かないことに気づきました。
鈴木静海は頷いて「わかった、先に戻っていて」と言いました。