穏やかに時間が流れて8月も中旬に入り、ティンゲンの夏は終わりに差しかかっている。気温も26、 7℃で安定している。
ザバッ!
クラインは猛然と立ち上がると、水滴を滴らせながら浴槽を出た。
その場に全裸で立ったまま俯いて自身の腹を眺める。少し力を入れると、筋肉のラインがくっきりと浮かぶ。
最近、訓練を頑張った成果だ。そのうえ、見た目もだいぶ健康そうになった。
格闘術の教官ガウェインは、今日からボクシングの基本的なフットワークと力の込め方について指導を始めた。
トッ、トッ、スイッ――クラインは素足で洗面所の床を蹴っては前に出たり、飛びすさったり、右に移動したりしながら拳を繰り出したり、ブロックの動作をする。
ふうっ、動きを止めると満足げに息を吐き、傍らのタオルを掴んで体を拭いた。
精神病院の医師であるダスト・グデーリアンと接触してからの2週間余り、クラインは偶然の一致から脱却し、常に人智を超越した事件に遭遇する悪循環から逃れたかのように落ち着いた生活を取り戻していた。予定どおり給料を受け取り、神秘学の研究を掘り下げ、射撃や格闘の練習に新しい料理の開発、兄ベンソンや妹メリッサと見栄えのする食器やインテリアを集めたり、隊長ダンやメンバーのレオナルドらから過去の超越的な事件について教えてもらったり、倶楽部で占いをしたり、自分で決めたルールにきっちり従っていた。
おかげで心が安定し、静かな夜更けに地球のことを考えるとか、赤い煙突の件の調べがまだつかないとか、災厄の人形が見せた図案が夢に出てくるなんてことがない限り、彼は今の暮らしに慣れ親しみ、執着するようになってきていた。
この間「タロット会」は3回召集されたものの、新たなロッセールの日記はまだ手に入っていない。しかし、「正義」の話によると、新たに超越者2人と知り合い、彼女たちと自然な接触を図っている最中であり、相応のグループに入れれば、より多くのロッセールの日記が手に入るようになるはずである。
一方、「吊された男」も陸地に戻って事務処理に追われているため、時間が取れるようになりしだい日記捜索に取りかかると伝えてきた。