第一章:覚醒
波の音が遠く近く、耳の奥に響いていた。
大城海はゆっくりと意識を取り戻した。身体が重い。全身が水を吸い込んだ衣服に包まれている。ぴったりと張り付く感触が不快だ。潮の匂いが鼻を突き、唇は塩辛い。ぼんやりとした視界の先に、夜空が広がっていた。
「……ここは……?」
朦朧とした頭で思い出そうとする。最後に覚えているのは、サバニー——沖縄古来の独木舟——で漁に出ていたことだ。夜の海は穏やかだったが、突如、黒雲が広がり、風が荒れた。気づいたときには、波が船を飲み込み、ひっくり返っていた。
「落ちた……のか?」
生暖かい潮風が肌を撫でる。背後では波が絶えず寄せては返す。砂浜に打ち上げられたのだと気づいた。身体を起こそうとしたが、力が入らない。ふと、自分が着ているものに目を落とす。
「あれ……?」
普段の漁師の装いではない。見覚えのない衣服——いや、なぜか馴染み深い……これは現代の服ではないか?
混乱する頭の中に、別の記憶が流れ込んでくる。
“何だこれ……? 俺は……俺は、大城海だよな?”
確かに、ここは琉球王国のはずだ。しかし、彼の心にはまるで違う世界の記憶があった。現代の知識、現代の感覚……まるで別の人生を生きてきたような。
「夢、じゃないな……」
手のひらに砂をすくい、ぎゅっと握る。ざらりとした感触、湿った砂が指の間からこぼれ落ちる。それはあまりにもリアルだった。
一方、浦添——
夏川はひどく疲れていた。十数台の手術を終え、白衣のまま仮眠室のソファに倒れ込んだ。
“あぁ、もう無理……。”
気づけば、夢を見ていた。琉球王国の時代、自分が誰か別の人間になっている夢。妙に鮮明な夢だった。夢の中では色々なことが起こり、最後には怒りにまかせて柱に頭をぶつけた。
“私がそんなことで死ぬわけないでしょう。”
自嘲気味に笑った瞬間、耳元で誰かがすすり泣く声がした。
(……うるさいなぁ)
頭が痛い。体もだるい。しかも、なぜか布団がしっとりと湿っている。
「ん……?」
まぶたを重たく開けると、視界に飛び込んできたのは、黒ずんだ肌の老婆の顔だった。
「ひっ……!」
驚いて跳ね起きると、身体が軽い。それどころか、自分の手も細く、若々しい。白衣ではなく、粗末な木綿の着物が身を包んでいた。
「何、これ……?」
外からは蝉の声と、遠くの波の音が聞こえる。夏末の空気は重く、湿気を含んでいた。
(まさか、さっきの夢……?)
これは夢なのか、それとも——。
彼女の新たな人生が、幕を開けた。