午後8時過ぎのモレッティ家のダイニング・ルーム。
スープがわずかに残る浅皿を眺めながら、ベンソンは手で口を覆い、満足した様子でゲップをした。
「この料理を食べたのは3度目だけれど、やっぱり美味いなあ。トマトの甘酸っぱさと、オックステールの弾力のある肉質、それと特別なうま味が完璧に調和している。クライン、僕は本当に残念でならないよ。ブラックソーン・セキュリティ社のせいで、ティンゲン市に優秀なシェフが1人いなくなってしまったんだから。」
メリッサは椅子の背もたれに寄りかかると、何も言わずに同調して頷いた。
「2人とも本物の料理の腕前に出会ったことがないというだけのことだよ。」クラインは謙遜して笑った。「今後機会があったら、みんなでホールズ街区にあるボナパルトへ行って、本格的なインディス料理を食べよう。それから金梧桐区にあるコーストラインで、南国の美味いものを食べよう。」
いずれも新聞でよく目にするレストランで、前者は1人あたりの料金が平均で1.5ポンドにもなる。
「私は兄さんが作った料理の方が好みだわ。」メリッサはためらうことなく言った。
ベンソンは大笑いし、さっきとは少し違うことを言った。
「でも俺はずっと、クラインが作るトマト味のオックステール・スープには何かが少し足りない気がしているよ。ひょっとしたら、パンとは相性が悪いんじゃないのか?」
クラインはそれに同意するように頷いた。
「いちばん合うのはライスだよ。」
「ライス……」メリッサは小声でつぶやくと、少しだけ憧れを抱くような表情をした。
北部に位置するティンゲンは大都市とは言えず、一部のレストランを除いては、米を食べることは難しかった。
ベンソンとメリッサにとって、これらの食べ物は新聞記事や教科書の中で、ときどき紹介されるだけの存在だった。
妹の表情を見て、クラインはハハハと笑って言った。
「あと半年分のお金を貯めたら、機会を見つけてデイシー湾で休暇を過ごそう。そして地元の美味しい物を食べよう。」
デイシー湾はルーン王国の最南端に位置し、その3分の1はフェナーポート王国に属し、太陽の光が満ち溢れ、気持ちの良い景色で、パエリアが有名な地域だった。