次の日の午前中、すっかり調子を取り戻したクラインは、しっかりした足取りでブラックソーン・セキュリティ社に入って行った。
「おはようございます、クライン。今日は爽やかな天気ですね。夜の食事会、楽しみですわあ。」浅緑色のロングスカートを穿いたロクサーヌが、受付カウンターの中から、にこにこ笑って挨拶してきた。
クラインはわざと腹をなでながら言った。
「ロクサーヌさん、こんな時にそんな話題はやめてくださいよ。僕はもう今日のまだ来ぬ任務に嫌気が差しています。早く夜になってくれることを願うだけです。」
「私もですよ。」ロクサーヌはふふっと笑った。
それから左右をきょろきょろ見渡し、クラインを手招きすると、声のトーンを押さえて言った。
「さっきデイリー女史を見ました。」
「『霊能者』のデイリー女史ですか?」クラインはやや驚いたように聞き返した。
アフワ郡で最も有名な霊能者と名高いデイリーは、ずっとエンマット港に住んでいる。ティンゲンからは近いとは言えない距離だ。
「そうですよ。」ロクサーヌは力を込めてうなずいた。「でももう帰っちゃいました。ああ、デイリー女史は私の最も理想の超越者よ。もし私が霊能者になれたら、ティンゲンを出て、一人で世界中を旅するわ。インディス、フサルク、フェナーポートに南大陸、大草原、原生林、雪原だって行っちゃいます!」
頼むから夜を統べる者の規程を今一度理解してくれ……クラインは首を横に振って苦笑いした。
「たとえデイリー女史でも、エンマット港を離れたい場合は、申請し許可を得なければなりません。」
「知ってます。でも、今そんなことを言って私の夢を砕かないでちょうだい!」ロクサーヌはぷりぷり怒って言った。「でも現実には、超越者なんてなれないですよ。だって危険すぎるもの。いつバーンって暴走して死ぬかわかりません。私に言わせれば、超越者っていうのは、怪物に対抗するために、自分を怪物に変身させちゃった人たちですよ。」
「チアニーズ大司教が言っていましたけど、我々は守護者である一方で、危険や狂気とつねに隣合わせの哀れな人間でもあるのだってさ。」クラインはため息をつきながら、深く印象に残っている言葉を話して聞かせた。