お願いしたい任務があるのです……とは、あんたは来る場所を間違えたみたいだな……このセキュリティ会社の看板は、本当にただの看板に過ぎないからな……
訪問者の言葉を聞いたクラインは、一瞬、大いにツッコミたくなったが、これをなんとか我慢し、ただここではインターネットの掲示板や、動画サイトの弾幕など、コミュニケーションがとれるものがないことだけを恨んだ。
しかしクラインは、かつて自分が似たようなケースについて質問したことを、すぐに思い出した。隊長は、暇があるならどうして引き受けないんだ?稼いだ金はチームの資金になるし、参加した者の利益にもなるのに、と答えていた。
ロクサーヌは目をくるくると動かして、少し考えてから言った。
「私どものセキュリティ・スタッフは任務のため全員出払っております。最も早く戻る予定の者でも、少なくとも1時間以上後になります。もしも緊急のご用件でない場合には、ご検討いただければと思います。」
夜を統べる者6名の正式メンバーのうち、ダン・スミスは何らかの相談事で司教から大聖堂に招かれていた。ダンに代わり、レオナルド・ミッチェルが「チアニーズの扉」を見張っていた。
「死体を収める者」のフライと「眠らぬ者」のロイヤル・ライデンは、教派絡みの窃盗事件の、警察による捜査に協力するために、すでに金梧桐区へ向かった。また、もう1人の「死体を収める者」であるコーヘンリー・ホワイトはシフトの休みであり、もう1人の「真夜中の詩人」であるシジャ・テオンは北区郊外の「ラファエル墓園」へ日常の見回りへ行っている。
残り2人の超越者のうち、ニールは高齢で身体が弱くなったため、長い間任務に就いていない。クラインはまだ初心者だったため、全ての面で正真正銘の半人前だった。
「誰もいないのか……」白髪交じりのもみ上げで、手に傘を持った、瘦せ型で長身の男性はがっかりした表情を浮かべ、帽子を手に取り、上体を曲げて敬礼をすると、「お邪魔しました」と別れの挨拶をした。
男性は身体の向きを変え、入口を出て行った。そしてザアザアという雨音とヒューヒューという風の音が響く中、階段を下りて、ツォトゥラン街36番地を去った。
「本当にタイミングが悪かったですね。」ロクサーヌは先ほどの紳士を見送りながら、残念そうにため息をついた。